J.F., 64, retired, in Tajimi City, Japan

新型コロナ感染拡大下の政策判断

 サラリーマンを退職し、次の一手を練るため自宅で引きこもり状態の身としては、新型コロナによる自粛生活に何の違和感もないが、自宅に籠っていることでテレビを見る機会が増え、連日続くニュースや報道番組などに少し嫌気がさすこともある。

 中国では早々と都市封鎖を解除し日常を回復し始めたが、他の国々はまだまだ感染拡大が止まらず、ロックダウンを継続する都市も多かった7月のあるとき、日本では「Go To Travel」キャンペーンの開始時期を巡る議論が賑やかだった。

 「Go To Travel」キャンペーンとは722日以降出発の旅行について、11当たり20,000円を上限として、その代金総額の35%相当額を補助するもので、さらに9月以降出発の旅行には15%相当額の地域クーポンが配布されるという制度だ。

 感染拡大が依然として止まらないなかで人の移動を促す制度を導入する根拠として政府は、病院などの感染者対応が落ち着いてきた状況と、感染拡大に伴う旅行者の急減により、旅行業界、観光産業の主体となる地方の旅館·ホテル、土産店舗などの営業状態が悪化し、地方全体が疲弊している点を強調し、速やかに旅行拡大措置が必要だと言う。

 マスコミ報道にみる議論の中心は、第一波のときよりも一層多くの感染者数が連日更新されていく中で、感染拡大は国民の生命を脅かすとして、一般企業には在宅勤務を推奨し、大勢での会合や会食などを自粛するよう要請して感染拡大防止を図りながら、他方で、娯楽としての旅行で人の移動を促進し、感染拡大に拍車をかける恐れがある政策を実施するのは、ブレーキとアクセルを同時に踏みこむ矛盾した運営で、感染状況が落ち着いてから導入すべきではないかという意見と、「地方は待ったなしの状況」だとする経済優先の意見との対立ではなかったかと思う。

 私が違和感を覚えたのは、「待ったなしの状況」を訴える人たちの中に、「新型コロナで亡くなる人の数は日本の場合比較的少なく、インフルエンザによる死亡者数と比べても少ない。他方、自殺者数は日本の場合圧倒的に多く、このまま経済の閉塞状況が続けば、地方に大量の自殺者が出るだろう」という意見があったことだ。

 確かに、日本ではかつては3万人を超える自殺者を出していて、昨年(2019年)は1978年以来初めて2万人を下回ったが、それでも人口10万人当たりの自殺者数は先進7国で最も多い。今年になっての状況を7月末の速報値で見ると、11,215人となっている。他方、新型コロナによる死亡者数は9月上旬で1,400人弱の状況だ。数値だけ比較すれば圧倒的に自殺者が多い。ただ、自殺の主たる要因は、子どもであればいじめを苦にしたもの、高齢者なら健康を苦にしたものなど多様な要因があって、経済的な事情によるものはむしろ少ないことと、さらに強調すべきは、単に一つの原因が引き金になったのではなく、複合的な要素が不安心理を拡大し、死への強迫観念を助長していることだ。

だから、単純に経済的な事情による自殺者数と感染による死亡者数を比較した議論に説得力があるとは到底思えないが、それよりも問題は、人の死を量的に比較して政策の優先順位を判断する思考態度だ。

 問題の根本は、いずれの場合も人々にある不安心理にある。得体が知れず、目に見えない新型コロナの急激な感染拡大状況に、いつ自分の身に襲いかかるか分からない不安や、感染した場合に重症化したり、後遺症が残ったり、場合によっては死に至るという不安があるからこそ人々は、政府が指導するように、手洗い·マスクを励行し、三密(密閉、密集、密接)を避け、極力移動を制限して、自粛生活を心がけている。つまり、この生活を続ける限り人々の不安心理は消えていないということだろう。

頼できる治療薬やワクチンが開発されれば、不安心理は軽減されるかもしれない。あるいはWHOなどの専門機関が危険度を風邪やインフルエンザと同程度だと判断するなら、不安は少なくなるかもしれない。まずは、何か不安を軽減するきっかけがなければ、多くの人々が日常の行動を変える気は起こらないだろう。

他方、確かに経済の疲弊は世界的に深刻だ。観光産業や飲食業に限らず、新型コロナ感染拡大の影響で経営状況が悪化した企業は数知れない。世界中が苦しんでいると言っても過言ではない。こうしたときだからこそ、人々を孤立させない社会の連帯力が必要で、人々のつながりによって社会の苦しみや不安を分かち合い、軽減していく環境を整えるのが第一だろう。そのために、国民の力の結集の一つである税によって、政府が社会をどう支援していくかが問われているのではないだろうか。苦しい時代は過去にもあった。そうした時代の先人の知恵を探って現代に活かすことも必要だろう。

政府は「Go To Travel キャンペーン」の1か月の利用者数が延べ200万人だったと胸を張るが、不安を抱かない一部の旅行好きな人だけを利するような政策では、税の使途としての不公平感もあって、旅行者と自粛者との間の分断を助長しかねないし、経済的な効果も大きくは望めないだろう。誰もが安心して移動できる環境が整うことを最優先にした上で、人々が誘い合って旅行できるような環境をつくる政策が必要になってくるのではないかと思う。

[submitted on 9/7/2020]

Life in Quarantine: Witnessing Global Pandemic is an initiative sponsored by the Poetic Media Lab and the Center for Spatial and Textual Analysis at Stanford University.

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